2016年4月27日水曜日

Diary. 123 本の埃


大阪都心部の少し歩いた駅続きの路地に、今も古書街が残っている。
とても綺麗に掃除が行き届いたこの通路には、10店舗ほどの古書店が並んで入り、時を止めている。
と言うより、時計の動きをゆっくりと感じるような、田舎に帰ったようなのんびりした空気が、いつもそこにある。
その内の一つに、たまにふらりと立ち寄る。洋書、邦書、歴史小説、心理、哲学、戦争、宗教。狭い店内には広いジャンルの、魅力的で知らない本が、
順々に至って普通に並べてある。

ある時、店内で少しスマートフォンを触っていると、60歳前後に見える店主らしき男性に、すみません、店の外でお願い出来ますか?と、当たり障りのない物腰で告げられた。
あ、すみません。さっと外に出て用事を済ませ、スマートフォンを仕舞い、店に戻った。
冷静に考えれば、店内でスマートフォンを操作してはいけない理由を、お互い即答する事は出来ないだろう。
これは言葉とか、決まりとか、そう言うものではなく、気持ちのようなものだ。店にも客にも、大人として最低限の礼儀を持って向き合おう、そんな日本人らしさが、まだこの古書街には生き残っている。指摘を受けて、むしろ心地が良いのだ。

ある日、またふらりと立ち寄って森鷗外の随筆集を手に取った。三百八十円。文庫本は現代的にぴったりとビニールで封じられているから、表紙の簡単な説明からしか内容を推測出来ない。
でも、古書なんてそれで良い。

決めて、片手に持ったままじっくり店内を見て回って、よし、とレジへ行った。

ありがとうございます。
ゆったりしたストライプのシャツに、テニス風の白いニットベストを着た店主。身なりからは世代や、生きてきた時代の背景が、うっすらと垣間見える。古着のアーミーシャツを着てジーパンを穿き、無意味に大きなリュックを背負った、ニセモノのヒッピーみたいな僕に、店主は丁寧に対応した。

袋は結構です。そう言うと、
ではビニールも外しておきましょうか?と。今すぐにでも読み始めたい気持ちを悟られたかの様に、優しい笑顔で裸の本を僕へ手渡した。
ありがとうございます。互いに礼をして店を出る。文庫はアーミーシャツの胸ポケットに、ぴったりと収まった。

物の売買はある種文化的だ。貨幣価値が人々に根付くまで、物と物のやりとりはもっと人間的で、体温のあるものであったに違いない。
この古本屋からは、まだ体温を感じる。

地下鉄に乗り込み、少し温まった本を胸ポケットから取り出して、二駅分の時間、偉人の随筆に入り込む。
窓に流れる黒い景色はいよいよ意味を無くし、代わりに、見た事もない景色を脳細胞は想像させる。次の駅でまた胸ポケットに本を仕舞い、職場へと向かった。


2016年4月21日木曜日

Diary. 122 消えた雨

コーヒーチェーン店の窓際のカウンターに座り、外を眺めている。
朝から降り続いていた雨は夜になってようやく止んで、
今は赤や黄色のテールランプがアスファルトを輝かせて、
まるで安っぽい首飾りのように鈍く光っている。

暑くも寒くもない、早くも遅くもない、中途半端な夜。半端者な僕に追い打ちをかけるような、気怠さいっぱいの空気。大阪、都会の夜に
落ち着いてコーヒーを飲める場所なんてないのだ。
僕が求める静けさ、それは叶わない。どこにだって物音や、人の気配や、埃や排気ガスの不快な匂いが漂っているのだから。

どうして今僕はここにいるのだろう。いつも決まってそんな事を考える。
僕は僕の意思でここに来たけど、僕の意思でここに居続けているのではない。
行き場のない身勝手な言い分と我儘を、いつだってこの中に飲み込んで、吐き出すのを堪えている。

タクシーが流れていく。トラックが流れていく。スーツの人が、リュックの人が、
どこかへ向かって歩んでいく。皆それぞれに理由があり、僕の視界に映り込む。

なぜ、写真を撮るのだろう。僕は撮らされているに過ぎない。そんな思考の往復をもう何度繰り返しただろう。
なぜ生きているのだろう。生かされているのだろうか。答えが知りたいのではないけれど、いつかはその答えを
否応なく突き付けられる日が来るのだ、それはなんとなく分かっている。

誰かが消えた時、きっと僕も消える。
そして今度は違う誰かが僕になって、また写真を撮らされる。

それはずっと、繰り返される。


2016年4月11日月曜日

Diary. 121 個展



堀田展行 写真展 「街に帰る。」


場所:「中崎町 zazie hair

期間:2016年4月12日(火)〜5月1日(日)
※4月23日土曜日は終日在廊します。あとは平日も何日か。

入場無料 月曜、第三火曜休日

平日 11時から20時
土日祝 10時から19時


カメラを持って街を歩くとき、

僕は永遠に迷子になったような気持ちになる。

そしてこの街のどこかに、僕が帰るべき本当の家が、あるのではないかと思うのです。


 そんな放浪の日々を、約一年半続けたものをまとめてみました。
もちろん、現在もそれは続いており、未現像のフィルムは山のように
溜まる一方なのですが。



 今回は初めて、全て全紙サイズでプリントしました。かなり大きいです。
作品は販売もします。どなたか気に入られたら宜しくお願い致します。



    昔から知り合いの可愛らしいヘアサロンの、入り口手前が小さな
ギャラリースペースになっています。誰でも気軽にご覧頂けます。
ぜひ、ふらっと立ち寄って下さい。

    それでは、会場で僕か写真がお待ちしております。