2014年5月27日火曜日

Diary. 7



 そろそろ、行かなきゃ。

 そんな気分さ、あと少しで。



2014年5月10日土曜日

Diary. 6




 いったい、いつからこんな面白く無い大人になってしまったのでしょうか。


 そもそも、大人ですら無いのに。


 もっと楽しめ。吹っ切れろ。


2014年5月9日金曜日

Diary. 5



















































昔のように、写真を撮ることが苦になったり、そんなことは無くなりました。
じぶんなりに、乗り越えたと言えば聞こえは良いですが、開き直ったと言った方がおそらく
実際に近い。撮ることは、撮ることでしかなく、それ以上の深い意味はなくなりました。
写真を撮るという行為自体が、朝起きてご飯を食べたり、顔を洗ったり、歯を磨いたりする事と
同じで、自分にとってはごく自然に、何か考えて行う行為でもなく、無意識にシャッターを切り続けて
います。もちろん、そうじゃない時もあります。仕事で、スタッフに服を着せて、写真を撮るときや、
頼まれてライブ写真を撮るときなど。瞬間的なのだとは思いますが、多分色々考えながら
撮っています。考えながら考えない、って感じでしょうか、シーソーの真ん中に一人でたって、
ゆらゆらとバランスを取りながら遊んでいる感じなのかも知れません。ですので、真剣に考えて
撮って欲しい方には、きっと僕はもう力になれないかも知れない。もう、基本的に、
撮りたいようにしか 撮りたくないのです。歳を重ねると、ずいぶんと勝手になりますね。でも、
それが一番心地良いって気付いてしまったのです。ごめんなさい。それでも良ければ言って
下さい。僕の写真は単なる記録へと近付きつつあります。作品なんかでは無いのかも知れない。
それは、僕が決める事でも無いような気がしてきています。 どこにも発表せず、ひたすらネガを
溜め続け、たまに気が向けばプリントし、アルバムにして人にあげてみたり、こうしてブログと
呼ばれるものにアップロードし、自らの目次として反映させていく。いつかその時がくれば、僕も
何か行動に移すのかも知れませんが、 多分その時は、僕の写真自体がそう促してくれるようにも
思うのです。今はただ、こうして記録を残し続けることが、とても幸せです。だって写真は、どんなに
自分の理想を追いかけても、あがいても、もがいて威張って偽ってみても、自分はただここにある
自分でしかないと、冷徹に語りかけてくれる存在だから。それだけで、写真を撮る理由としては、
十分すぎるほどに満たされるのです。